2007年10月 5日 (金)

日テレに物申したいわたくし

先日のキンノツボライブにお越しくださった皆様

ありがとうございます。

次回キンノツボは、1230日です。

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今朝、4チャンネルの「スッキリ!」。

http://www.ntv.co.jp/sukkiri/

入社二2年目の葉山エレーヌというアナウンサーが

久々に

朝からむかつく「プロ意識のない」仕事っぷりで、

井田さんも泣いておろう、とおもいながら見ていた。

話はそれるが、

ていうか、何度も言ってるが、

フジを筆頭に、

自分のとこのアナウンサーをアイドル扱いして

朝からはしゃぐ、あの風潮はなんとか

ならないのだろうか。

だいたひかるが、

「アナウンサー祭りみたいな番組は

家で勝手にやってろ、放送するな」みたいなことを

以前言っていたが、本当にそのとおり。

とりあえず、これから仕事に行くってときに

ああいうぬるいものは見せないでほしい。

深夜にやれ、深夜に。

と、まぁそれだけでも

「け」と思ったのだが、

その後に「年金について」

詳しく調べました、みたいなコーナーがあり、

私はちょっと、なんというか

朝日新聞の「声」欄かなんかに

無職76歳になって怒りの投書を

してやろうかと思ってしまった。

今日そのコーナーでいってたことを

まとめれば、

「現在の75歳くらいの人は、

今のお金に換算して700万くらいの

(すいません、金額違うかも)年金を

払い込んできたのに対し、

平均寿命まで生きた場合に

受け取る年金金額は1000万以上。

これを支えているのは、

今、現役で働いている人たち。

つまり、現在の年金は

現役の人たちの、汗と涙で支えられているのです」

これで終わり。

これで終わりですよー。

このあと、社会保険庁の話に

いくのかな、と思ったら、

くどいようだけど、ここで終わり。

これじゃ、まるで、今年金もらってる人が

悪いみたいじゃありませんかい?

払う額に対して受け取る額が多いのは

あたりまえじゃないですか。

たんす貯金じゃないんだから。

年金なんだから。

てゆーかよくこんなのが

電波にのったな、というか。

日テレって社保庁とつるんでるの?

ってゆーか、日テレって馬鹿?

社保庁って

またこんなことしてるんだよ?

http://www.asahi.com/national/update/1003/TKY200710030349.html

と、朝からいらついたことですよ。

カルシウムが足りないのかしら。

あ、でも明日から連休だ。

2007年3月30日 (金)

漫画が読めないこどもとわたくし

本日は代官山café De fascieです。

是非お越しを。

明日は新宿J

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先日、編集者の知人が

オタクを集めて対談をした。

そのときに

「今の若い人は、漫画さえ難しく感じるらしい」と

いう話がでたそうだ。

わたくしの子供の頃は

「漫画=馬鹿の読むもの」

という図式があったが、

今は、それさえ駄目らしい。

筋がおえなかったり、

登場人物が五人以上になると

わけがわからなくなってしまうんだそうだ。

で、彼女はその直後、

少女漫画雑誌の編集長に

インタビューした。

そこで、びっくりしたのが

「今の子は、漫画の読み方をしらない」という

話がでたこと。

漫画ってコマわりがありますよね。

あれを、どう読んでいいかわからないらしい。

わたくしたちは小さいときから

漫画を読んで、なんとなく

「次はここに飛ぶ」という

「漫画の法則」がみについているが、

今の子供は、右いって、左いって、下いって、右いって、みたいな

あの感覚がわからず、

面倒で読めないらしい。

しかも漫画なんか読む時間がないほど、

携帯とネットに時間を割かれている。

だから携帯漫画なんかは読むんだそうだ。

その編集長も

「今後はネットの漫画に取り組んでいかないと

取り残される」と考えているという。

理屈から言えば

本でも雑誌でも、

「ネットでも読める」ものなのかもしれない。

でも、たとえば一冊の本を作るときに、

「これはこういう雰囲気の本だから

表紙の紙の手触りはちょっとざらついたかんじで」とか

「写真は、マットなかんじで」とか

「筋を追う」だけでない

感覚に訴えるところから

モノをつくっているわけで

そういうことが失われていくのは

とても残念だな、と思った。

まぁ、でもそれが文明?ってことなんでしょうね。

そうじゃなきゃ、いまだに

洞窟に象形文字書いてることになるんだしね。

でも、なんだかなー、です。

2007年1月24日 (水)

渋谷歯科医ばらばら殺人とわたくし

渋谷バラバラ殺人。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070110-00000015-jij-soci

だいぶ下火になったとはいうものの。

この事件の詳細が出てくれば出てくるほど
思うことがある。


「よかった、殺されなくてー」


どうでもいいことですが、
わたくしには二人の兄がいる。

1番上は、
「ぼーーーー」という言葉を
絵に描いたような人物なので、

7歳も年下のわたくしから
いつも罵詈雑言を浴びせられていた。


夢がない、と言ったくらいで
殺されてたら、
わたくしは多分、小学校1年のときくらいに
長兄に殺されているだろう。

この、渦中の兄は
「一番痛いところをつかれたから殺した」
といってるが、

兄弟喧嘩というのは
「相手の痛いところをつかない」と
意味がない。
さらに痛いところをつくだけでなく、
えぐってえぐるのだ。
わたくしはそうしてきた。
威張ることではないが。

たとえば、長兄が
わたしの分のおやつのプリンを
食べてしまったりしたら。



7歳のわたくしは即座に

「人のもの食ってじゃねーよ、
意地きたねーんだよ!

にきび面して、
人のものにまで手出して、
おまえどーぶつかよ!

字よめんのかよ!
頭わりーーんだよ!

バーカ!
食ったもん、返せ!
返せないなら死ね!」

これくらいのことは言っていた。
しかも即座に。

で、当然のように、
口が遅い長兄は
いらついてわたしをたたき、
たたかれたわたしはしばらく
応戦するが

末っ子戦法「泣けば済む」で
さっさと撤退し、

「おがーざーーん」と母に泣きつく。

最初のうち、母はわたしの味方で
兄に対し、

「あんた、7つも年下の小学生に
何本気になってんのよ」と
しかっていたが、

あるとき、
わたしがあまりにも口汚く
兄をののしるので、
「これはいかん」と思ったらしく、

それ以来、
喧嘩両成敗となった。

長じて、
首絞めあったり、風呂入ってるときに
風呂場のガラスを蹴って割ったり、と
我が家の兄弟げんかは
かなりバイオレンスになりました。

冷蔵庫の中の自分キープものは
油断すると、
誰かに飲まれたり食べられたりするので

必ず各自の名前の後に脅迫の文言が
続く。

「ナオキのビール 飲むな」

くらいだったものが

「シゲキの 絶対飲むな」

「ケイコの 食べたら殺す」のように

いろんな食べ物のパッケージに
殺す、殺す、と書いてあり、

母が
「冷蔵庫を開けるたびに
げんなりするからやめてくれ」と
怒っていた。


なんてことを思い出したことです。

本当によかった、生きていて・・・。

2006年10月19日 (木)

バス路線廃止とわたくし

今日もいい天気だ。

http://www.city.yokohama.jp/me/koutuu/bus/saihensei/saihensei.html

「横浜の市営バス、一部路線廃止、変更」

ローカルな話ですみません。

わたくしの実家は、
陸の孤島、宮前区のSというところである。

ここは
小田急線M駅までバス15分。
    N駅までバス15分。
    I駅までバス15分。

田園都市線M駅までバス20分。
     I駅までバス15分。
田園都市線T駅まで
徒歩35分。

とにかく、死ぬほど不便なところだ。

以前、現在あざみ野まで延びている
横浜市営地下鉄を小田急の新百合ヶ丘と
結ぶ、という計画があり、
それが通ればうちから5分のとこに
地下鉄の駅ができる、と小躍りしたことがあったが

市民にアンケートを行って、
これが可決にはならなかった。
(くやしいわー)

ので、バスがもしなくなったら、と
思うと
極細ポッキーを食べる手も、止まる。
(新発売ですよ)

まぁうちのほうは住宅地も多く、
バスもいつでも激コミなんで、
廃止されるわけないんだけど。

今回は「赤字路線の廃止」ということ
らしいのだが、
いくら赤字だって、
そこには「それしか」交通手段のない
お年寄りなんかもいるわけで、
そういう人はどこにも行けなくなっちゃうわけだ。

住民への説明会の模様を
少し流していたけど、市長が出てこないってんで
怒ってる人がいたりして。

なんか秋葉系の人が
「市長はなんで出てこないんだ!
あんたは市民より、上司が大事なのか!」とか
叫んでいた。

こういうの見ると、ちょっと
興ざめなんだけど
(なんか自分に酔ってるように見えるので)

中継の中で一人の人がいっていた

「もし、赤字路線なので廃止、というのであれば
今すぐ、“市営バス”の看板をおろして、
民間バスになってください」

と、いうのが、まぁ、わたしの思うところ。

このニュースを見て
一番に思ったのは
「民間じゃないんだからさー」であった。

行政とか福祉の現場で一番無視されては
いけないのは
「一把ひとからげ」という考え方だと思う。

「いつもガラガラのバスだから、もう
いらないだろう」

「ほとんどの人が使ってないからもういいだろう」
というのは、
すごく雑な考え方だ。

採算、というところからこぼれるところにこそ、
正しく税金を使ってほしいものだよ。

同様に鹿児島のほうで、
お年寄りがよく使うプールのある施設と町を
結ぶバスが廃止されるそうで、
そちらも取材していたのだが、

そのおばあちゃんたちは

「バスがなくなっても、
なんかきてくれると思ってるから心配してない」そうだ。

なんか、かわいい。